女性に限らない。もし、男性側が「家内は:::」などと話し始めて、ぐちのようなことを言い出したら、女性側は閤ってしまうであろう。慣れてくれば、話題選びも上手になってくるであろうが、日本の中年以上は、男性も女性も、まだ異性とのつき合いに慣れていない。つき合いというのは、ちょっとしたきっかけで知り合い、終わりになるときもある。それが人間関係の面白さなのである。高齢になって友人が必要になったからといってすぐできるものではない。機会をみつけて、少しずつを使って自然につき合う経験を抑制んでいくようにしたいものである。だから、学生時代の友人や、若い頃、中年の頃、それぞれの機会に知り合った友人は、大切にしておかなくてはいけないと思う。大切にするということは、ベタベタとつき合うということではない。誰に対しても誠実につき合うこと。そして、つまらないことで怒ったり相手を傷つけたり無視したりしないで、いつもいい別れ方をしておくことではないだろうか。異性の友達を持つことは、夫婦が互いに愛しあい噂敬しあって、長い人生を歩いていく上にとても大切なことだと思う。『ともだち』のドラマにも出てきたように、いい男友達を持てるとしたら、人生は更に楽しいものになるだろう。夫のにんじん、妻のにんじん一人の楽しみ、夫婦の楽しみ近所に住む呑取さんど夫妻は、二人ともすでに六十歳を越え、ご主人の方は、二、三年前に定年になられた。二人して車であちこち出かけられる姿を時々見かける。「奥さまも運転なさるの」と悶くと「私は高速道路専門よ」と、笑って答える。二人で、時々二、三泊の旅にも出られるようだが、道で行き会うときは、だいたい一人ずつである。あるとき、私たち主婦が中心の読書会に、呑取さんの夫が入ってこられた。「本当は妻も出席したがっているのですが、何かいろいろとお稽古ごとをしたりしているので、とりあえず僕が参加させてもらいます」ということだった。読書会の中で、子育てがすでに終わった父親としての目でいろいろ面白い話をして下さった。そして、読書会のメγバで聞いたクスマスパーティーには、夫の方は、ゆで卵の周りにハンパグをつけた丸い形のスコッチエッグを、衰の方はお煮しめを作って仲よく参加して下さった。そのとき、自然に若いメγパ1の人たちが、その魅力的なご夫婦を囲んで、いろいろな話を聞き始めた。ニ人のお子さんは、それぞれ結婚し、どちらも海外で暮らしておられることも分かった。

夫の方は諦曲の稽古や、語学の勉強を隈日を決めて習いに行き、妻の方は、自分のやりたいお稽古ごとや、老人給食ポラγティアの仲間に入って、和食の調理を手伝っておられるという話だった。夕食の仕度も夫婦で限日を決めて責任分担。土限の夜は夫の責任で用意するそうである。夫婦一緒のときと、それぞれが別々に自分の楽しみを追求する使い分けが見事なのである。そのことを夫人の方に申し上げたことがある。「夫も私も心掛けて、自の前ににんじんをぶらさげるようにしているのですよ」彼女は、こういうウイットのある返事ができるところも九マトなのである。しかし、にんじんを追いかけているにしては、彼女の駆け出し方は、息切れしているようにも見えないし、たづなを締め過ぎているところもない。ましてむちを使って自分の限界を越えて頑張っているところもない。たとえば髪の染め方も、彼女の個性を生かしたスタイルを取っているが、わざと全部染めずに前のある部分に白いところを残している。それ以外を落ち着いた栗色に染めているのが、かえってナウイ感じであるし、着物にも洋服にも似合う。年を重ねた人が、相当の部分が白くなっているのを無理して黒々と染めていると、生え際が少しずつ白くなってくる。それはかえってあわれをもよおす。その点、わざと飾りのように白いところを残して部分染めをしておくと、少し白いところが出はじめてもバランスがとれてそれなりに美しい。まさにおしゃれ染めである。年齢、環境にふさわしいにんじんを「にんじんをぶらさげて」とおっしゃるが、彼女には、無理して若く見せるとか、自分の立てたスケジュールに振り因されているところがない。まして定年になって何となく心寂しくなりがちな夫を邪魔ものにしたりするところが少しも見受けられない。年齢や、自分の生活環境に合わせて、それなりに生きがいや少しだけ自の位置より高い目擦を立てるというのは、簡単なことではない。友人がしたからと真似もできないし、できもしない理想だけのプラγやライフワークは、すぐに続かなくなる。子育てに追われている二十歳代や三十歳代は、子供に振り因されて勉強する余裕もない。まだ私は若いからとか、子供が大切だからと思っているうちに、子供は一日一日大きくなり、少しずつ親の手を離れていってしまう。夫が提げているにんじんが何かを横目でちらちら見ながら、自分にふさわしい大きさのにんじんを提げていかなくてはいけない。

共働きの夫婦の場合、妻の方は、それなりに自分の仕事を続けていくことが、生きる目標になっているであろう。家に帰れば、家事と子供のこと、外に出れば仕事と、彼女には目まぐるしい日常があるわけだが、夫のことも充分考えないと、生活の歯車がうまく回らなくなる。日本の社会はまだまだ女性が働くことに対して当たり前という空気が行きわたっていない。その分、夫は職場でそれなりに共働きからくるマイナス部分を感じている。そのことを考慮に入れないでいると、夫婦の聞のパートナーシップがくずれ、結局は共働きが非常に難しくなってくる。私の知人で共働きを統けてよく頑張っていると思う人は、話を聞いてみるとそれぞれに工夫もし、苦労をしている。たとえば、日頃は妻側の仕事が忙しいときに、夫に相当無理を言って、子供を迎えに行ってもらっても、金曜日だけは、夫がどんなに遅くなってもよいように考えている人もある。またある人は、週末の一日は夫だけで趣味の魚釣りやゴルフに行くようにしてもらっているという。そこだけ聞くと、共働きは、結局は女性にしわょせがくるようだが、夫が提げるにんじんと姿が提げるにんじんが違ってもいいのではないだろうか。真夜中に夫に仕事の相談にのってもらったりして、他人の気付かないところで夫婦の共通の時間を持つ、週末のある時聞は母親になる、そして、時には、自分なりの家事時聞を楽しむというように、いくつもの自分の顔を持つことだってできる。もちろん、家庭、家庭によってやり方が違うのは当然だし、夫婦が共に時間を過ごすこともあるし、それぞれに違うことを楽しんでいることもある。五十歳、六十歳になってあわてて、自分に合うにんじんを探すのではなく、若いうちから、夫のにんじん、妻のにんじん、それぞれの提げ方を工夫し、相手のものを尊重する習慣が大切であろう。夫婦共学ぴ共育ち困難転じて、勉強の好機となる十年ほど前のことである。加山さんの姑が病気で倒れ、そのまま寝たきりになってしまった。加山さんは長男の嫁であり、夫の両親は関西に住んでいたため、自宅の東京と大阪を週一回ずつ往復する生活が始まった。「息子が高校生で、何とかやってくれるので、東京には、一日か二日しかいないのよ」背白い顔をしながらも、頑張り屋の彼女は一年あまり君病を統けて、手厚い宕誕の中で、姑は亡くなられた。久しぶりに、何人かで集まる会に出てきた彼女は愉しそうに言っていた。

「やっとこれからは好きなことができるわ」ところが、それから一か月も経たないうちに、今度は「大変に元気な人」と言っていた閥均が半身不随の病に倒れてしまった。入院の一か月が過ぎて、もう、男を一人で大阪においておくことはできないと、東京の自宅に引き取っての看病がやはり二年近く続いた。その聞の苦労は、第三者から見ていても、よく頑張れると思う程であった。関もとうとう亡くなられた。そして数か月後、彼女は、突然、「写真の専門学校に入学しました。もともと若い男性が、プロの写真家になるための学校なので女子学生は少ない上に、五十歳の女性は初めてと言われてしまいました」恥ずかしそうに、でも、本当にうれしそうに話してくれた。「写真の専門学校」とひとくちに言っても、ピγとこないが、重い写真の道具をかついで学校に行くだけでなく、現像、引き伸ばしなど、自宅の押入れの中に作った暗室ともいえない小さなスベ1九の中で、長時間こもって、作品を作って練習をしなければならない。学校の試験はもちろん、しばしば出すレポート、そしてそれにつけて出す沢山の写真の用意。たまに会ったとき、説明してもらうだけでも大変なのがよく分かった。学校外でしなければならないことが沢山あって、家庭のためにさく時聞を作るのは、本当に難しかったようだ。夜もほとんど寝ない日が二、三日続くこともザラであったらしい。それにしても妻の立場の加山さんが、なぜ、若い人にとっても相当に覚悟のいる勉強を始めたのだろう。加山さんの三年にわたる虫、姑の君病と世話が、彼女の勉強できる条件作りの基礎になったらしい。く彼女を支えた。たとえば、ゴ1ルデγ・ウィークなど、自分が数日続けて休めるときは、「ともかく僕が家にいるから旅に出なさい」と押し出すように、看病からも、家からも解放してくれたそうである。私も、一度、加山さんご夫妻が、かなりハイクラスなレ九トランで、二人だけの夕食を楽しんでいる姿を見かけたことがあった。病人が昼と夜をとり違えて、彼女が夜中ずっと起きていることもしばしばだっただけに、大学生と高校生であった子供さんも積極的に手伝い、母親の手を煩わせないように自分のことは何でもする暮らしに慣れていった。妻の勉強が夫を刺激する加山さんが宕病当時、「看病しているときは、やる以上は、なるべく穏やかな気持ちで接するようにしていました。夫や子供が手伝ってくれて、僅かな時間でも病人から解放されたのです。

外に出て、目をつぶって胸一杯、自由な空気を吸うように努力しました」と、言っていたが、妻であり、母である彼女が、家の中では、誰にも当たったり、苦情を一言わ彼女の夫は、サラリーマyではあるが、彼女が夫の両親の看病に明け暮れていたときもやさしなかったことで、家族の思いやりは一層深いものになったのであろう。そして今、彼女が再び勉強をはじめたとき、家族の誰も文句を言わないどころか、母親が徹夜で勉強をしているのを、みんなで支えてくれる。彼女の方もそれを索直に受けることを、看病の聞に身につけてしまった。だからこそ、二年間の本当にハードな専門コライフワークになる写真集の準備を進めている。くれたそうである。丸を終えて、今、研究科に進みながら、自分の経済的な面も、夫の両親の遺産の中から、夫が相当額を「好きなように使いなさい」と渡してその上、夫も忙しいサラリーマ生活の中で、今、密かに勉強の準備をしているとか。もともと詩を書いたり、文学論などを読むことが好きだったので、定年後に、母校の文学部に入り直して、本格的に勉強をしようと夢見ている。ある作家についての資料も暇を見つけてこつこつ集めているらしい。加山さんほどでなくても、今、多くの女性は、いろいろなところで勉強をしている。『源氏物語』をある先生を中心にして、十年間も読んでいるグループもあるし、俳句を楽しんでいる八十歳近い友人もいる。しかし、男性で「勉強」と言えるものに打ちこんでいる人は、まだまだ少ない。「市民大学」など地域の行政が主催するものに出てみると、たまにご夫婦でというケースもあるが、いくら夫婦でも、勉強したいものは違う場合が多い。加山さんのように、妻が勉強するのを応援しているうちに、夫の方も、別の道を本格的に勉強しようという場合もあるだろう。また、それぞれの趣味を細く長く続ける勉強のやり方もある。簿記の検定試験に挑戦しようとして、通信教育を受け始めた友人がいるが、彼女は言っていた。「分からないところを、夫に真剣に質問をすると、夫の方も私の意気込みに打たれるのかしら。熱心に教えてくれるの。お除で、夫婦共々のきわやかな勉強のひとときを過ごすことができて幸せです」どんなきっかけにせよ、一人が何らかの勉強を始めると、つれあいの方には刺激になる。夫でも妻でも、何かを始めたら、あるときは楽しく勉強をしていることを索直に示し、それができるのも、自分の相手が、いろいろな意味で協力してくれているからと、感謝の気持ちを表わすことが大切ではないだろうか。

勉強する中味は違ってもいいし、つれあい側が機が熟さないときもあろう。しかし、勉強するとき、誰か、話を聞いてくれ、励ましたり、アドバイスしてくれる人がいる方が、どんなにか張り合いがあるだろう。何らかの形で、夫婦で支え合って何かを始めようではないか。友人は互いの人生の宝夫が長電話するおさななじみある日随日の昼近く、二階で用事を済ませて居間に下りて行くと、夫は何か楽しそうに電話で話している。「あら、きっとまた、伊達さんだわ」附墜に思い、私は、邪魔しないように足音を控えて別の部屋ヘ行った。どこの家庭でもだいたい同じだと思うが、中年以上の夫は、滅多に自分の家では電話しない。また、私用の電話が掛かってくることも少ないだろう。たまに親戚からの電話でも、用件だけで一、二分で切る。わが家も同じなのだが、夫の中学からの友人、伊達さんが電話してくる場合は少し違う。その人は、テレビドラマのシナリオライターをしていて、夫とは職種も全然違うのに、本当に仲がいい。中学生の頃は家が近所ということもあり、親どうしもお互いによく行き来していたそうである。それぞれの家が引っ越してからも、大学生時代から結婚するまで、相手の家に出かけて食事をご馳走になるようなつき合いが統いていたそうである。伊達さんも、違った世界に住む夫の知恵をシナリオに使うこともあるらしく、社会生活に必要な法律知識などについて聞いてくる。女の長電話を軽蔑ぎみに言う夫が、このときばかりは三十分から、時には一時間近くも話しているときがあり、私は陰で笑っている。しかし、決して私もいやではなくて、電話が終わると、「伊達センセイ、お元気ですか」などと近況を伺ったりする。彼のテレビドラマが放映されると、日頃、決してドラマを観ない夫が、二時間ものでも熱心に観て、「うん、今日のはまあまあだ」などと独りごとを言っていたりする。伊述さんの方も、私が本を出したときなどに、ひとこと批評して力づけて下さるなど、夫婦ぐるみ、そして娘たちまで一緒のつき合いである。夫には、他にも、ニ、三、特に親しい友人があり、その人たちとは電話はあまり掛け合わないが、それなりに大切に楽しくつき合っていて、私にも過去のお互いのエピソードなどを話してくれる。私にも、何人か特に親しい友人がいる。男性も何人かいるし、女性もいろいろな人がいる。夕方や休日に電話が掛かって来て、夫が受けてくれるとき、男性の友人の場合にも、丁寧に、そして「お元気ですか」などのひとことの挨拶を交わして、私に受話器を渡してくれる。